前回は地方分権と保守主義の関係を強調しすぎたかもしれませんが、地方自治が地域の歴史や文化、その風土に依拠したものである以上は、それは当然かもしれないということは確認しておきたいと思います。それはとくに市町村(こちらではcomuneと呼ばれています)のレベルで明らかです。20の州(regione)や110の県(provincia)が中央政府によって設けられ、柔軟に区割りされてきているのに対して、市町村は約8100ありますが、いまだに昔のまま残っているというところが多いのです。
もちろん、合併や境界変更はありますし、広域的な協力体制はありますが、数百年あるいは千年を超える歴史をもって存続してきた自分たちの町は、自分たちの町のままであり続けよ、というのが基本のようです。もちろんイタリアでも都市化は進み、農村人口は減り続けていますし、特に大都市周辺地域への人口集中は顕著です。最大の市町村であるローマ市は人口270万人余り、最小の町は人口33人といいます。なおローマ市のような大都市には、都市内の自治組織として、municipiと呼ばれる団体があり、ローマには19団体が設けられています。
市町村の仕事は、基礎的な行政単位として、住民サービスを提供することにあります。たとえば、出生や死亡の届け、諸証明事務、文化事業、市町村道の整備、各種の公共事業、たとえば清掃やコミュニティバスなどのサービスも提供しています。そして市町村自治体警察があることも特徴でしょう。なお、警察組織については、国家警察を含めていろいろな組織があります。
たとえば在外研究に来て長期滞在する場合に外国人向け居住許可を出すのは、県に置かれた国家警察の一つであるクエストーラ(国家地方警察長官)の役割です。
日本の地方分権改革では、相変わらず警察の問題は触れられずでしょうか。戦後すぐの自治体警察制度に戻せなどと言うつもりはありませんが、現在の警察の状況を見ていると、国家警察と地方出先機関の一番悪い面が出てきているように思います。もともとは、近代的な警察機構と警察の自治を目指した制度だったのですが、そろそろ限界かもしれません。
イタリアがよいわけではないのですが、警察こそ分権化してみると、ずいぶん変わるのではないかと思えてなりません。イタリア警察事情については、機会があればあらためて、ご紹介したいと思います。
2010年1月20日水曜日
新川達郎のイタリア通信4号~地方自治はどうなっている?~
「条例」はどこにあるのか? その2~市民は条例をどのように知るのか~
法律が効力を有するには、国会での議決を経て、内閣を経由して奏上がされ、天皇によって公布されることが必要です(国会法第65条など)。天皇による公布手続きを経た後、法律は官報に掲載されますが、最高裁判所は国民が官報を最初に閲覧・購入できる状態になった時に公布があったといえると判示しています。(詳しくは、参議院法制局「法制執務コラム集」
[http://houseikyoku.sangiin.go.jp/column/column020.htm]参照。)
官報の直近30日分については、独立行政法人国立印刷局が提供している「インターネット版『官報』」で閲覧することができます。
[http://kanpou.npb.go.jp/]
また、現在、有効な法令は、総務省行政管理局が提供する「法令データ提供システム」で確認することができます。(ただし、最高裁判所が定める民事訴訟規則、刑事訴訟規則などの最高裁判所規則は収録されていませんので、裁判所のサイトなどでの確認が必要です。)
[http://law.e-gov.go.jp/cgi-bin/idxsearch.cgi]
一方、地方自治体の条例・規則の公布・施行については、地方自治法第16条に規定があり、同条第4項で「当該普通地方公共団体の長の署名、施行期日の特例その他条例の公布に関し必要な事項は、条例でこれを定めなければならない。」と定めています。これにもとづいて、各自治体で具体的な手続きを定める「公告式条例」を制定しています。
2010年1月16日土曜日
「条例」はどこにあるのか? その1~例規検索の現状~
「議会基本条例は、今、いくつの自治体で制定されていますか?」
「各地の議会基本条例の規定を見比べてみたいのですが、どうしたらよいですか?」
と条例づくりをしようとしている議員や市民の方から、報道関係者、レポートを課されている学生まで、各方面から問い合わせを受けます。
ただし、すべての自治体の条例を把握している機関やデータベース(DB)は存在しません。
例えば、上で述べた議会基本条例であれば、自治体議会改革フォーラム(呼びかけ人代表:廣瀬克哉法政大学法学部教授・本検定協会共同代表)がウェブサイトに「議会基本条例情報」を掲載し、各自治体へのリンクを張っています。しかし、議会基本条例は全国各地で制定が進められており、そのすべてが網羅されている保証はありません。
[http://www.gikai-kaikaku.net/gikaikihonjourei-info.html]
2010年1月12日火曜日
新川達郎のイタリア通信新春特別号~今年のイタリア政治は地方政治の季節?~
イタリア政治は、国政では、昨年秋にベルルスコーニ政権にとって、首相自身のスキャンダルや裁判などを含めて危機的な状況があり、右派の団結を首相自身が訴えるなど、大変な状況だったのですが、どうやら、年末に暴行被害を受けてからは、風向きが変わったようです。そうはいっても、今年は、大きな政治の節目を迎えます。それは、この春に州政府の選挙がまとめて予定されているからです。
分権型の政府構造をとってきたイタリアでは、当然のことながら、州の権限が大きいのですが、20ある州政府のうち13州の選挙があるのです。しかもそのうちの11州は中道左派政権です。今、各党ともに、候補者探し、連携相手探しに躍起になっています。このところ新年の新聞やテレビは、各政党の首長候補者探しや連携相手の政党探しの報道で賑わっています。
イタリアの地方選挙は、基本的に首長の候補者とそれに連携する各政党の議員候補者のリストを一体的に作成し、政治勢力としては、与党と野党を明確にして運営を行おうというものです。したがって連携相手の政党を探しだすことと、とくに首長の候補者探しは、選挙結果を左右することから、大変注目を集めるニュースになります。
2008年の国政選挙では、当時のブロディー政権は、中道左派の結集が必要だということで、民主党を結成し、選挙には敗れましたが、それなりの評価を受けてきたところでした。しかし、現実の選挙では、相変わらず、小党分立傾向が強く、民主党といえども選挙協力が必須です。
民主党は、ローマのあるラツィオ州では、ケースバイケースで選挙協力をしてきた中道のUDC(中道連合)との連携を探ってきましたが、中道右派との連携を模索するUDC側の拒否にあい、急進派のリーダーの選択も含めて広く検討を行うこととし、それは2月までかかるだろうといわれています。一方、プーリア州では、UDCと民主党の選挙協力はスムーズに進みそうです。民主党としては、孤立して選挙を戦うことは、2009年のヨーロッパ議会選挙結果を見ても無理だと判断しており、より幅広い連携の相手を、中道派に求めているところです。しかし、民主党としてもこの選挙は国政の中間選挙にあたるという位置づけから、政権交代の可能性を見通して、中道右派との連携の意図はないとも報道されています。
ところで、UDCの党首のカッシーニは、政治が左派と右派の2極に分かれることを批判して、中道を主張しています。それが右派あるいは左派との選挙協力にも表れています。
日本の民主党政権は右も左も中道もありですが、次の参議院選挙をどのように戦うのでしょうか。これまで通り、バラマキ型のキャッチオール政党でしかないのでしょうか。それとも、政権初期の混乱を乗り越えて、新しい中道の軸を立てるのでしょうか。
2010年1月8日金曜日
新川達郎のイタリア通信3号~その後の地方分権改革~
イタリアでは、世紀の変わり目に当時のベルルスコーニ政権のもとで、2001年には憲法改正があり、地方分権が大きく進みました。とくに立法権に関して州の権限が大幅に拡大され、中央政府の統制が廃止されました。このプロセスは2013年まで続くはずだったのですが、政権交代と国民投票で状況がすこし変わりました。
ともあれ地方分権が進んだ背景には、伝統的な分離主義的な分権の活動のほか、経済成長以後有力になってきた北部地域において有名な北部同盟という保守主義的な政治勢力の分権論が登場しています。北部同盟の活発な活動は2000年代にはやや下火になってきていますが、北イタリアの地方選挙ではいまだ有力です。
さて、保守勢力のベルルスコーニ首相が、健康と教育を中心とする大規模な分権政策を掲げて憲法改正の国民投票を行いましたが、そのときに協力したのも北部同盟とされています。この2006年の国民投票では、反対が61.7%、賛成が38.3%で、否決されました。なお、投票時には、中道左派が政権をとっており、この提案には反対をしていました。いずれにしても、イタリアでは、地方分権が伝統的なものとして根づいていること、保守主義の政策として地方分権があること、いまでもその分権が急進的に追及されていること、そして国民全般には地方分権や連邦制が進みすぎることへの警戒心もあることには注意が必要です。
イタリアの場合には、地方分権改革は足踏み状態といえそうです。一方で日本の場合ですが、地方分権改革委員会からは最終の第4次勧告(地方財源改革)まで出ましたし、鳩山首相主導で分権を進める体制もとられました。原口総務大臣は、大変熱心に分権改革を進める方針のようです。出先機関の廃止、法律の義務づけ枠づけの整理、地方交付税の在り方をはじめとして、道州制の議論も出てきそうですが、さて、どこまで進むことになるのでしょうか。イタリアのように憲法改正にまで踏み込んで頑張るという見通しがあるのでしょうか。
2009年12月23日水曜日
新川達郎のイタリア通信クリスマス特別号

イタリアと日本の問題を中心にブログをというつもりで書いてきたのですが、今回は、年末ということもあって、クリスマス特別号として、コペンハーゲンのCOP15について、当地での反応も含めてお伝えしたいと思います。日本でも大きく報道されていると思いますが、「合意」は一応できましたし、国連事務総長のようにそれを評価する声もありますが、もう一方では、先送りと失敗であったという論調も根強いところです。今回の合意については、全会一致の採択には至らなかったこと、法的な拘束力をもたないものであり、参加193ヵ国間では条件付き採択にとどまり、国連決議としても不確かなものともいわれています。
イタリアのマスコミによる評価も、まだら模様でした。顔を立てるだけの協定締結と、議長国やEUはどこに行ったのか、中国ばかりが目立ったという報道でした。
当地で見ていても、改めて、日本はどこにいるのかが、気になっていました。もちろん200ヵ国近くが参加していますので、よほどのことがないと注目されないのは当然です。そして、議長国も、EUもロシアも、もちろん日本も、また、多数を占める発展途上国も主役ではなったようです。会議の主要プレイヤーが大きく変わりました。アメリカと中国、そしてインド、ブラジル、南アフリカが目立つことになりました。会議のまとめ役は、やはり相変わらずアメリカですが、自らの方針を強く主張し続けたのは中国でした。工業化を進めなければならない、したがって温暖化ガス排出は増えざるを得ないという中国の主張は、一貫していました。イタリアでの報道も、会議の混迷とアメリカ、中国を中心とした報道が多くを占めました。
2大排出国だから当然といえば当然ですし、最も法的拘束を嫌う立場であることは、この両国については、間違いないところでしょう。中国はこの会議を中国にとって成功だと評価しています。
さて、25%削減と途上国支援をうたった日本の主張はどこにいったのでしょうか。もちろん、取りまとめに向けては、政治合意に向けて、賛成に回ったことは確かなのですが、日本の姿はよく見えませんでした。逆に、今回、法的な拘束力のない合意に至ったことで、業界の一部や政府関係者のなかには、ホッとしている向きもあるかもしれません。また、玉虫色の援助合意にも、心配しつつホッとしているかもしれません。そして、日本国民自身は、わがことに直接かかわらないと考えて、傍観者的になっていないでしょうか。しかし、科学的にはともかく、政策としての予防原則からすれば回避すべき危機を目前にして、なによりも京都議定書を生み出した国として、また、先進的な公害対策を実施してきたと自負する国として、何とも物足りないという思いにかられたところです。
これから仕切り直しに入り、ポスト京都に向けた新たな枠組みづくり交渉がはじまりますが、何とも難しいというのが、多くの感想でしょう。この点で興味深かったのは、BBCの短評で、これまでの重大な問題解決を目指す国際会議は、いずれも長い時間を要したこと、ベルサイユ条約の会議が踊る例を引き合いにして、今回も時間が不足していることを指摘していました。事務レベル時には幹部級によるこれまで数年間の断続的な努力、閣僚級の10日間の議論も確かにありましたが、指導者たちが到着して数日のうちに、政治的に取りまとめられるというのでは、時間不足、検討不足といわれても致し方ないでしょうし、諸方面に不満足な結果とならざるを得ないところでしょう。
気候変動問題は、もちろん人為的に発生したとされる自然生態系の変化の問題なのですが、同時に将来にわたる持続可能な発展が、この地球上すべての地域と人々にとってでどのように展望できるかを考える問題です。そうした観点に立った時、どのような発展の図式を描くのかが明確に示されなければ、南北問題も貧困問題も解決できないままに、さまざまな環境負荷を地球にかけ続けるだけという選択になってしまいます。まさに、議論の場、熟慮の場を、国連が提供できるかどうか、加盟国がその努力をするかどうかが、改めて問われることになります。そうした議論の場や場づくりに際して、改めて日本の役割に期待したいところです。
ともあれ、これまでと同じように、多くの地域で雪のクリスマス(あるいは雪のないクリスマス)が迎えられますように。そして今年は時候のご挨拶を欠礼することになりますが、皆様方にこの場を借りてご挨拶を申し上げます。(添付の写真は、私が今暮らしている北イタリアの小さな町の中心商店街のクリスマスイルミネーションです。)
2009年12月15日火曜日
新川達郎のイタリア通信2号~政治制度と地方分権改革はどうなっている?~
イタリアは戦後憲法の制定にあたって、中央、州、県、市町村の階層の政治制度を設けました。いずれも大統領・議会制民主主義を基本としていますが、制度はそれぞれ少し違います。国レベルでは2院制をとっていますが、両院は対等です。違いがあるとすれば上院には、終身任期の議員がいることで、これは基本的には大統領経験者の議席とされています。両院の選挙で選ばれた大統領がおかれ、大統領が多数派の政党リーダーに組閣を命じます。政府の運営はこのリーダーを首相として、内閣を構成して行われます。
1948年憲法は、その役割として、地方自治を認識し、保護し、促進すること、国家レベルのサービスは可能な限り分権化されるよう保障すること、そして自治と分権を確立する原理と法を採用することにあるとしています。
そのもとで、まず州については20州からなる州制度をとっており、連邦制的な側面をもっています。とくに初期に州制度を導入した5州は、従来から分離主義的な勢力が強く、ローマの中央政府とは違った地域だという根強い地域意識のあるところで、北部のスロベニア・オーストリア・スイス国境地域の3州と、島であるサルディニアとシチリアの2州がそれです。その後、残りの15地域にも州制度が導入されましたが、最初の5州ほどの権限を与えられていません。県は110、市町村は8100ほどありますが、その人口規模や面積はさまざまです。